日常に潜むパラドックス

2021-06-06

概要

パラドックス、という言葉を聞いたことがありますか?
その言葉は私たちの生活の中にも潜んでおり、無意識で使用していることがあります。

この記事を執筆した理由は、ただの興味です。
普段の行いで感じることや考えることを文章化して整理することをしたいと思って執筆しました。

皆さんも興味があれば、ご一読してもらえると幸いです。

パラドックスとは

パラドックスは逆説とも表現できます。

Wikipediaなどの説明には以下のようなことを指すようです。
正しく見える前提や論理から、納得しがたい結論が導かれてしまう問題のこと。

または以下のようにも捉えることができます。
ぱっと見ると事実とは異なるように見えつつも、実は真理の一面を表している。

では、どういったことがパラドックスといえるのでしょうか。

急がば回れ

みなさん聞いたことがあるはずです。この意味ご存知ですか?

危険が伴うかもしれない近道よりも、安全だと分かっている遠回りの道を選んだ方が、結果的には早く目的地にたどり着くことができる
という意味です。

さて、これはパラドックスが起きています。

近道のほうが早いに決まっているように思われますが、実は安全な遠回りを選んだ方が早く目的地に着くという、
一見真理に叛いているようで、実は心理を突いている
ことがわかります。

アキレスと亀

アキレスという名の俊足の人と、足の遅い亀がいました。
アキレスが100メートル先にいる亀と徒競走をすることになりました。ルールはシンプルであり、アキレスが亀を追い越したら、アキレスの勝ち。亀がアキレスに追い越されなければ、亀の勝ちです。時間制限や、距離の制限などはなく、アキレスが亀を追い抜きさえすればアキレスの勝ちです。
当然、誰もがアキレスが勝つと思っていました。しかし、不思議なことに追いつけないのです。

なぜ追いつけないのでしょうか。

アキレスが100メートル先の亀のいるところにたどり着くころに、亀は少しは進んでいます。例えば10メートルとしましょう。
今度はアキレスは10メートル先の亀を追いかけることになりますが、10メートル先の亀のいたところに着く頃には、亀はそれより1メートル先にいます。
また、その1メートル先の亀の位置にたどり着いたときには、亀は0.1メートル前に進んでいます。
これの繰り返しで、アキレスは亀のもといた位置まで行くことはできても、確実に前に進んでいる亀に追いつくことはできません。

これ、
一見正当な理論ですが、実際問題追い抜くことはできますよね。
現実とは違う結論という点で、パラドックスが起きています。

この理論に対し、多くの指摘がなされている様子ですが、全てを納得させるような理論は出てきていないとのこと。

私は嘘つきである

「私は嘘つきである」
この発言は矛盾していることに気づきますか?

この発言の解釈はこうなります。
私は嘘つき -> さっき言った内容は嘘 -> つまり私は正直者
初めと言ったことが逆転してますね。

では、正直者のケースではどうなるでしょうか。
私は正直者 -> さっき言った内容も本当 -> つまり私は嘘つき

一般に「この文は偽である」という構造を持っている文は、真偽の判定ができません。
これを 「自己言及のパラドックス」 といいます。

他にも「例外のない規則はない」という規則や、「この壁に張り紙をしてはならない」という張り紙等の例があります。

その他のパラドックス例

こちらのサイトで面白いパラドックス例があります。
興味がある方はぜひ。

https://atarimae.biz/archives/7971

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